油断と怖さ

王者凱旋

「今日はやばい、今日はやばい」 内山慶太郎は名古屋戦の日は朝から何度もそうつぶやいていた。それもそのはず。ボツワナ(現フウガ)時代に1度対戦したが、森岡薫やマルキーニョスなど強力な攻撃陣を揃えた常勝軍団の強さを身をもって体験している。その経験から、この日は60本以上のシュートを覚悟しており、その緊張感から「やばい」と自然に連呼していた。
森岡薫を計画通りの出場停止で、前田喜史とボラを怪我でそれぞれ欠いた名古屋だが、選手も前日の朝に花巻入りし、関東や仙台から120人もの応援団を引き連れた。前節の湘南戦で組んだセットの森岡のところにマルキーニョスが、ボラの代わりに完山徹一がそれぞれ入り、完山の穴を沼田慎也と山蔦一弘で埋めた。すべては計画通りだった。

花巻包囲網

しかし試合が始まると、名古屋はボールキープするも湘南戦で見せた小刻みなパスワークは影を潜め、ただ走り、パスをつなぐという単調な攻撃にしかならない。「外からシュート打つ計画だった」(比嘉リカルド)と、ゴール前を固く閉ざす花巻のゾーンDFを崩そうとするも、名古屋の選手がドリブルすれば、花巻は前と後から2人がかりで潰しにかかり、名古屋の選手がシュートを打てば、身を投げ出してブロックする。粘りが身上の花巻のペースになっていった。
しかし、森岡の出場停止しかり、この試合の流れもしかり、圧倒的な支配率からか名古屋には明らかに心の隙があり、花巻はそれを見逃さなかった。前半に奪った2点はいずれも、名古屋の後方の選手が不用意なボールキープやパスを花巻が奪ったのがきっかけによる、カウンターだった。花巻にはカウンターしかないのを知りながらも決められてしまったのは、彼らの油断以外に理由は無かった。

21分間のパワープレー

「町田戦と比べ物にならないほど疲れた」と内山が言った理由は、20分以上もパワープレーをされたからだろう。名古屋は「自分たちが格上」という自負があった。この考えも油断の1つとも言えるが、前半残り1分から始めた名古屋のパワープレーは、後半に2-2の同点に追いついてからも止めず、試合終了まで続いた。しかし、ダイヤモンドからボックスに守備を変えたマルコ監督は「怖くなかった」と片付けた。
後半、名古屋の全27本のシュートのうち、20本は比嘉とマルキーニョスによるものだった。「何パターンも持っていてびっくりした」と後方で守り抜いた岩見裕介は名古屋の機能的なパワープレーに圧倒された。だが、内山やビニシウス、マルコ監督にとって怖かったのは、シュートを狙う比嘉とマルキーニョスだけであり、他の3人は積極的に動いて花巻のゴール前に入り、そこへパスが通っても振り向いてシュートを打つことはほとんなかったため、余計な警戒をせずに済んだ。パワープレーで下手に奪われる怖さも名古屋の選手にはあっただろうが、その手堅さが花巻を守りやすくしてしまった。

積極性+怖さ=ゴール

一方の花巻は、FKとなれば山谷紘大が強烈な左足で直接ゴールを狙い、水上玄太や山本潤哉らはスピードを活かして、積極的にゴールへ向かった。最後のゴールを決めた岩見のシュートは、何の変哲もないCKから、1度シュートフェイントを入れてからだった。だが、チャンスとなれば誰もが狙うゴールへの積極性が相手をフェイクで引っ掛けてゴールをこじ開けたように、ゴールへの意欲の高さが花巻からは窺えた。
花巻の約3倍のシュートを放った名古屋。チャンスで決められないという決定力不足もあった。しかし、最後まで花巻に怖さを与えられなかった。「いつかは勝てるだろう」という油断と「俺が決める」という怖さが勝敗を分けた。